更新日:2020.10.02
出生前診断

出生前診断を受けようと考えたとき、「どんな検査があるのか」「なぜこんなにも種類があるのか」と疑問に感じたことはないでしょうか。
出生前診断の歴史は、1948年の優生保護法の公布にさかのぼります。羊水検査・超音波検査・母体血清マーカー検査・NIPTへと、技術の進歩とともに検査の選択肢は広がってきました。
この記事では、出生前診断の歴史と変遷を時代ごとに解説します。現在の制度や課題を正しく理解するための参考にしてください。

出生前診断は、長い年月をかけて少しずつ変わってきました。しかし「そもそも出生前診断とはどんな検査なのか」「なぜ変遷を知ることが大切なのか」がわからないまま歴史を追っても、内容を正しく理解するのは難しいです。
まずはこの2点を整理しておきましょう。
それぞれ説明していきます。
出生前診断とは、赤ちゃんが生まれる前に染色体や遺伝子の状態を調べる医療検査のことです。羊水検査・絨毛検査・超音波検査・母体血清マーカー検査・NIPTなど、さまざまな種類があります。それぞれ目的や精度、体への負担が異なります。
胎児の健康状態を事前に把握することで、出産に向けた準備や今後の意思決定に役立てられます。
出生前診断の変遷を知ることは、現在の制度や議論を正しく理解するうえで大切です。技術が進むにつれて検査の種類や精度は大きく変わり、国のルールや社会の見方もその都度変化してきました。
変遷を知ることで、今のルールがなぜこのような形になっているのか、どんな課題が残っているのかを、より深く理解できるようになります。

出生前診断がどのように発展してきたか、まず全体の流れを年表で確認しておきましょう。各時代の背景や社会的な議論については、後述でさらに詳しく解説します。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1948年 | 優生保護法制定 |
| 1956年 | 羊水穿刺法による性染色質診断開始 |
| 1965年 | 画像診断(単純造影法)開始 |
| 1966年 | 羊水穿刺法による染色体分析開始 |
| 1968年 | 日本で羊水検査が導入される |
| 1972年 | 超音波診断開始 |
| 1990年代 | 絨毛検査が国内で実施開始 |
| 1994年 | 母体血清マーカーが海外より日本に導入 |
| 1996年 | 母体保護法成立 |
| 1997年 | 母体血漿内に胎児由来DNAの存在が報告される |
| 2013年 | NIPTが日本に導入 |
| 2022年 | 日本医学会による新認証制度の運用開始 |
出生前診断の歴史は、戦後まもない時代にさかのぼります。当時の法律や医学の発見が、その後の検査の発展に大きな影響を与えました。まずは3つの出来事を押さえておきましょう。
それぞれ説明していきます。
1948年、日本では「優生保護法」が公布されました。この法律は、「不良な子孫の出生を防ぐこと」と「母体の生命・健康を守ること」を目的として作られました。内容は、条件付きでの人工妊娠中絶の合法化に加え、障害のある人への強制的な不妊手術や中絶を認めるものでした。
この法律は1996年まで約50年にわたって存在し、後の出生前診断をめぐる議論の出発点となりました。
1959年、フランスの研究者ジェローム・ルジューヌによって、ダウン症候群の人は21番染色体が通常より1本多い「21トリソミー」であることが発見されました。それまで原因不明だった疾患が、染色体の数の異常によって起こることがはじめて科学的に示されました。
この発見は、染色体を調べることで出生前に疾患を診断できる可能性を示した、出生前診断の歴史における重要な転換点です。
1970年代初頭、兵庫県で「不幸な子どもの生まれない運動」の一環として、羊水検査が条件付きで利用されるようになりました。羊水検査とは、妊婦のお腹に針を刺して羊水を採取し、胎児の染色体を調べる検査です。
しかし、この動きに対して「青い芝の会」などの障害者団体が強く反発しました。検査の結果による中絶は障害者の生存権を否定するという主張で、出生前診断をめぐる社会的な議論がはじめて大きく表面化した時期でもあります。
1980年代以降、出生前診断は技術の進歩とともに少しずつ広まっていきました。一方で、普及するにつれて社会的な問題も浮かび上がるようになりました。この時代の流れを3つの出来事に沿って整理します。
それぞれ説明していきます。
超音波断層法は1970年代に医療現場へ広まり、1980〜90年代には出生前診断の重要な手段としてさらに定着していきました。超音波検査は、お腹の外から機器を当てるだけで胎児の様子を画像で確認できる検査です。母体や胎児への身体的な負担が少ないため、多くの妊婦が受けやすい検査として広まりました。
胎児の形態をリアルタイムで観察できるという特徴から、心臓や脳などの臓器の異常を出生前に確認できるようになりました。
1980年代後半から国内での取り組みが始まった絨毛(じゅうもう)検査は、1990年代に広く実施されるようになりました。絨毛検査とは、胎盤の一部である絨毛組織を採取して胎児の染色体異常を調べる確定的検査です。妊娠11〜14週という羊水検査より早い時期に受けられる点が特徴です。
一方で、お腹に針を刺して組織を採取するため、約1%の流産リスクを伴います。羊水検査(約0.3%)と比べてリスクが高いことから、検査を受けるかどうかは慎重に判断する必要があります。
1994年、母体血清マーカー検査が海外から日本に導入されました。この検査は、妊婦の血液を採取して特定の成分を調べることで、胎児が染色体異常や神経管閉鎖障害である確率を算出するものです。針を刺す必要がなく受けやすい検査であったため、導入後は急速に普及しました。
しかし、検査結果は疾患である「確率」を示すものに過ぎず、確定診断ではありません。この点が事前に十分説明されないまま検査が行われるケースが多く、陽性という結果を受けた妊婦が「赤ちゃんに疾患がある」と誤解し、強い不安を抱えるという社会問題が起きるようになりました。
母体血清マーカー検査の普及に伴う問題を受けて、1999年に厚生科学審議会の専門委員会が見解を発表しました。その内容は「医師が妊婦に対して本検査の情報を積極的に知らせる必要はない」「医師は本検査を勧めるべきではない」というものでした。
この見解が出された背景には、カウンセリング体制が整っていない状況での検査の広まりに対する懸念がありました。これ以降、母体血清マーカー検査の件数は減少に転じました。
2013年、日本でNIPT(新型出生前診断)が始まったことで、出生前診断は大きな転換期を迎えました。受診者数の増加とともに新たな問題も生じ、国のルールも見直されることになりました。
この時代の流れを4つの出来事に沿って整理します。
それぞれ説明していきます。
NIPTとは、妊婦の血液から胎児のDNAを直接解析できる検査です。従来の母体血清マーカー検査より精度が高く、母体や胎児への身体的な負担もほとんどありません。
2011年にアメリカで臨床検査が始まり、日本では2013年4月から臨床研究として導入されました。妊娠10週以降という早い時期から受けられる点も、多くの妊婦に注目された理由のひとつです。
NIPTの導入以降、受検者数は年々増加しています。認証施設における2023年4月から2024年3月の1年間の受検数は40,813人に上り、2013年から2018年の5年間累計である58,150人と比べると、いかに急速に普及したかがわかります。
NIPTは陰性的中率が極めて高いという特徴から、痛みや流産リスクを伴う羊水検査などの確定検査を回避できる点が大きなメリットです。実際に羊水検査の件数は2014年をピークに減少に転じており、NIPTの普及がその一因と考えられています。
NIPTは導入当初、遺伝カウンセリングの体制が整った認定施設でのみ実施するというルールが設けられていました。しかし2016年ごろから、このルールを守らない無認定施設での検査が広まりはじめました。
こうした施設では検査前後の十分な説明が行われないケースがあり、妊婦が適切な情報を得られないまま検査を受けるという問題が深刻化しました。
無認定施設の問題を受け、2022年2月に日本医学会の出生前検査認証制度等運営委員会が新たな指針を公表しました。同年9月には新しい認証制度のもとでの運用が正式に開始されました。
この制度では、NIPTを実施できる施設を「基幹施設」と「連携施設」に整理し、いずれも遺伝カウンセリングの体制を備えることを条件としました。妊婦が適切な情報提供と支援を受けたうえで検査を選択できる体制を、国として明確に打ち出した転換点となりました。

出生前診断の歴史のなかでは、時代が変わっても繰り返されてきた議論があります。技術が進歩するたびに、同じ問いが新たな形で社会に突きつけられてきました。
それぞれ説明していきます。
出生前診断の歴史は、優生思想と切り離せません。1948年に公布された優生保護法は、障害のある人への強制的な不妊手術を認めており、その被害者は16万人にのぼるとされています。法律は1996年に廃止されましたが、「障害のある胎児を選別しているのではないか」という批判は現在も続いています。
1970年代の羊水検査の普及時にも障害者団体が強く反発しており、この議論はNIPTが登場した現在も形を変えながら繰り返されています。
出生前診断で胎児に疾患があると判明した場合、中絶を選ぶかどうかは変遷のなかで常に議論の中心にありました。NIPTが導入された2013年以降、陽性と判定された人の約9割が中絶を選択しているというデータもあります。
日本の法律では、胎児疾患を理由とした中絶を明文で認める規定はありません。しかし実務上は、母体保護法の「経済的・身体的理由」という条項が広く解釈されて適用されているのが現状です。法律の条文と実態のあいだにあるこのずれは、現在も議論が続いています。

技術が進歩し検査の選択肢が広がった一方で、出生前診断の変遷が残した課題もあります。
それぞれ説明していきます。
出生前診断を受ける前後には、検査の意味や結果の解釈について専門家から説明を受ける遺伝カウンセリングが重要です。しかし非認証施設では、口頭での簡単な説明のみで検査が行われるケースも多く、十分な情報を得られないまま結果を受け取る妊婦が少なくありません。
検査結果に動揺した際に適切なフォローが受けられない問題は、1994年の母体血清マーカー検査の導入時から繰り返されてきた課題です。検査を受ける際は、遺伝カウンセリングと検査がセットで提供されている施設を選ぶことが大切です。
DNA先端医療株式会社では、認定遺伝カウンセリングを検査とあわせて提供しています。
出生前診断はすべて自費診療のため保険適用がなく、費用は全額自己負担となります。NIPTの場合、検査費用はおおむね10〜20万円かかります。また認証施設は都市部に集中しており、地方に住む妊婦は施設へのアクセス自体が難しい状況があります。
住む場所や経済的な状況によって、受けられる検査の選択肢が異なるという格差は、現在も解消されていない課題です。
NIPTや母体血清マーカー検査などは、あくまで「確率」を示す非確定的検査です。陽性という結果が出ても、実際に疾患があると確定されるわけではありません。確定診断を得るには別途、羊水検査などを受ける必要があります。
この点が十分に伝わらないまま検査を受けると、陽性結果に過度に動揺したり、誤った判断につながるリスクがあります。検査の限界を正しく理解したうえで受けることが大切です。

出生前診断は技術の進歩とともに、より精度が高く負担の少ない検査へと発展してきました。今後はさらに2つの方向で進化が期待されています。
それぞれ説明していきます。
現在のNIPTは主にダウン症候群などの染色体の数の異常を調べる検査ですが、将来的には確定検査と同等の精度に近づくことが期待されています。また、検査技術のさらなる簡略化も研究が進んでおり、ごく少量の血液からその場で結果がわかるようになることも望まれています。
海外では保険適用によって無料または低額でNIPTを受けられる国もあり、全妊婦を対象としたスクリーニング検査としての有用性も報告されています。日本でも今後、より多くの妊婦が検査を受けやすい環境が整うことが期待されます。
DNA先端医療株式会社では、認定遺伝カウンセリングを実施しており、受検条件なくすべての妊娠している方に検査を受けていただけます。遺伝カウンセリングは出生前診断において非常に重要とされており、検査後のフォローも充実していることから、安心して検査に臨んでいただけます。
出生前診断は1948年の優生保護法の公布から始まり、羊水検査・超音波検査・母体血清マーカー検査・NIPTへと、技術の進歩とともに大きく変わってきました。検査が普及するたびに優生思想や中絶をめぐる議論が繰り返され、国の指針も時代に合わせて変化してきました。
一方で、遺伝カウンセリングの不足や地域・費用による格差など、解消されていない課題も残っています。出生前診断の受検を検討している方は、検査の変遷や現状を正しく理解したうえで、遺伝カウンセリングが充実した信頼できる施設を選ぶようにしましょう。DNA先端医療株式会社では、認定遺伝カウンセリングとあわせたNIPT検査を提供しています。まずはお気軽にご相談ください。
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